
回覧板のあいだに、一枚
夕暮れ、玄関先の郵便受けに回覧板が差してあった。判をひとつ押して、隣の軒へ回す——名も知らぬ者どうしの、それだけの淡い付き合いである。
綴じ紐のあいだから、見覚えのない紙片が一枚、たたきの上へ滑り落ちた。誰が挟んだのか、どこの家から回ってきたのか、宛名もなければ差出人もない。
前の夜、わたしたちは尾も引かずに加速して去っていった最初の客を、ただ呆然と見送ったばかりだった。その落ち着かぬ余韻のなかで、わたしはその便りを、そっと拾い上げる。
二人目は、拍子抜けするほど普通だった
紙片には、二人目の客のことが記されていた。名を2I/ボリソフという。2019年8月、アマチュア天文家ゲンナジー・ボリソフが、自作の望遠鏡でとらえた二例目の恒星間天体である。
面白いのは、この二人目を最初に見咎めたのが、大天文台の巨眼ではなく、一人の素人の手すさびだったことだ。夜ごと空を見張る手作りのレンズが、見慣れぬ一点の動きを捉えた——路地のどぶ板を踏む足音を、寝ずの番だけが聞き分けるように。
ところが、である。この客は、コマをふわりとまとい、尾を細く垂らし、どこの空にでもいそうな彗星の顔をしていた。太陽系のなかで生まれ育った彗星たちと、見分けのつかぬ姿だったのだ。
拍子抜けするほど、普通の彗星だった。
ならば、と、わたしは前の夜の客を思い返す。葉巻とも平たい石ともつかぬ細長い形、尾もないのにわずかに速度を上げた一人目の異様さ——あれは、いったい何だったのか。二人目のあまりの平凡さが、かえって一人目の謎を、暗がりのなかへ深く押し戻していく。落差だけが、手のなかに残った。
探偵は、見た目でなく匂いを嗅ぐ
もっとも、普通は退屈と同じ言葉ではない。腕のいい探偵は、身なりでなく、袖口にわずかに残った匂いを嗅ぐものである。
科学がボリソフの光を分光にかけると、この客は一酸化炭素(CO)に富んでいた。太陽系でありふれた彗星よりも、その割合がずっと高い。ふつうの顔をして、懐にはめずらしい手土産を忍ばせていたわけだ。
一酸化炭素は、うんと低い温度でなければ凍りつかない。だからこの多さは、ボリソフが生まれた場所が、太陽系のどの彗星の故郷よりも冷えた戸棚の奥だったことを匂わせる——のかもしれない。だが、わたしは断じはしない。匂いは、まだ匂いのままである。
コマも尾も、種を明かせば、太陽の熱に炙られて氷が溶け、噴き出したガスと塵にほかならない。そして軌道は双曲線——太陽の引力にも捕まらず、外から来て外へ去る、二度と戻らぬ一度きりの客であることを、その道筋がはっきりと告げていた。
調書に書きとめたこと
外から来たことは、双曲線の軌道から確かめられる。一酸化炭素に富むという分光の結果も、観測に基づく事実である。ただし、どんな星のそばで、どんな環境がこの欠片を育てたのか——そこから先は、まだ分かっていない。事実と当て推量のあいだに、わたしは細い線を一本、引いておく。
よその家の台所から、飛んできた欠片
恒星間天体とは、つまるところ、よその家の台所から飛んできた欠片である。
別の恒星のまわりで氷と塵が固まり、何かの拍子に軒先から弾き出され、幾万年もの暗がりを渡って、たまたまわたしたちの家の前を通り過ぎる。その欠片の成分を丹念に調べれば、行ったこともない星系が鍋に何を煮ていたか、戸棚の奥に何をしまっていたか——その「台所事情」が、ほんの少しだけ知れる。それが、恒星間天体という骨董品のありがたみである。
だからボリソフの一酸化炭素は、退屈な「普通」ではなかった。それは、遠い見知らぬ台所からまわってきた、一枚の献立表だったのである。平凡な顔の下に、その家だけの味付けが隠されていた。
骨董の目利きが、茶碗の高台ひとつから窯場と時代を言い当てるように、天文学者もまた、ひとかけらの淡い光から、その欠片の来し方を読み解こうとする。手がかりは、いつも思いのほか小さい。
- 一人目——オウムアムア。尾を持たず、細長く、わずかに加速して去った(2017年)。その正体は、今もなお匂わせのままである。
- 二人目——2I/ボリソフ。コマと尾を垂らした、ごく普通の彗星の顔。ただし一酸化炭素に富む(2019年)。
- 三人目——3I/ATLAS。2025年に玄関の鈴を鳴らした、彗星的な客。まだ見定めの途中である。
三人目は、まだ玄関先に立っている
紙片の隅には、乾ききらぬ墨で書き足しがあった。三人目が、もう来ている、と。
2025年、ATLASという捜索網が見つけた三例目——3I/ATLAS。彗星らしいふるまいを見せ、きわめて離心率の高い双曲線の軌道を描く、やはり外から来た客であるらしい。ただ、この客はまだ玄関先に立ったまま、上がり框に足をかけてはいない。詳細は観測が続いている段階で、わたしがいま断じられることは、ごくわずかである。うかつな断定は、探偵の名折れになる。
やがてヴェラ・C・ルービン天文台が本格的に夜空を見張りはじめれば、こうした客は、もっと頻繁に見つかるだろう。一人、二人と指を折って数えていた来訪者は、いずれ分厚い名簿になる。回覧板は、また次の家へと回っていく。宛名のない便りは、綴じ紐のあいだに、まだ何枚も挟まっているに違いない。事件は、これから増える。
解けない残余
なぜ一人目と二人目——そして三人目とで、これほど姿が違うのか。尾のない客、尾を引く客、まだ顔の見えぬ客。母星系ごとに、恒星間天体がどれほど多様なのか。その全体像は、名簿がもっと厚くなるまで、誰にも分からない。次の夜、玄関の鈴は、きっとまた鳴る。