
深夜、番組が終わったあとに残る砂
放送が終わると、画面は一面の砂嵐になる。ザアという音と、無数の白い粒がちらつく、あの見慣れた砂の海。子どもの頃、わたしはそれをただの「終わりの合図」だと思っていた。眠る前に消しておくべき、意味のない灰色の粒だと。
だが、その粒のうちのごくわずかは、地上のどこから来たものでもない。近くの電波塔からでも、隣町の放送局からでもない。もっと遠く……途方もなく遠い場所から、いま届いたばかりの光なのだと知ったとき、わたしはしばらく、テレビを消せなくなった。
拭っても消えない雑音
一九六四年、アメリカ・ニュージャージー州のベル研究所。二人の若い電波天文学者、アーノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンは、ホームデルに据えられた角型(ホーン)の巨大なアンテナで空を探っていた。ところが、どこへ向けても消えない雑音が混じっている。
昼も夜も、季節が変わっても、アンテナを空のどの方角に振っても、同じ強さで鳴りやまない。装置の欠陥を疑い、配線を点検し、あらゆる可能性を一つずつ潰していった。二人はやがて、アンテナの内側に巣くった鳩と、その糞に目をつける。報告書に「白い誘電体物質(white dielectric material)」と書き記されたそれを、彼らは丹念に拭き取った。鳩も追い払った。
それでも、雑音は消えなかった。空のどこにも発生源が見つからないのに、全天から等しく届いてくる、正体不明のかすかな囁き……。まるで、部屋の外ではなく、宇宙そのものが低く唸っているかのように。
科学という探偵が名を告げる
正体を突き止めたのは、彼ら自身ではなく、少し離れたプリンストン大学の物理学者たちだった。ロバート・ディッケらは、宇宙が高温高密度の状態から始まったのなら、その残光が薄く冷えて、いまも全天から一様に届いているはずだ、と理論的に予測していた。ペンジアスとウィルソンが捕らえた「消えない雑音」は、まさにその残光——宇宙マイクロ波背景放射(CMB)だったのだ。
筋道はこうだ。宇宙はおよそ百三十八億年前に生まれたと考えられている。生まれたての宇宙は、光さえまっすぐ進めないほど濃い、霧のような状態だった。ビッグバンからおよそ三十八万年後、宇宙が冷えてその霧が晴れる——研究者はこれを「晴れ上がり」と呼ぶ。そのとき初めて、光は自由に飛び出した。
その最初の光が、宇宙の膨張に引き伸ばされ(赤方偏移し)、波長を長くしながら旅を続けた。そして今、絶対温度で約二・七ケルビン、目には見えないマイクロ波として、空のあらゆる方向からほぼ一様に降りそそいでいる。ペンジアスたちのアンテナが拾った雑音は、その光の音なき音だった。
手帳・晴れ上がり
「晴れ上がり」とは、宇宙が冷えて陽子と電子が結びつき、それまで散らばっていた光がまっすぐ進めるようになった瞬間を指す。ビッグバンの約三十八万年後の出来事と考えられている。CMBは、その晴れ上がりのときに放たれた光がいまも届いているものだ。
誰もが見ていた、誰も見ていなかった
ここで、あの砂嵐に話が戻る。アナログテレビの砂の海——そのごく一部は、このCMBを拾った揺らぎだと言われている。番組が終わった深夜、あなたが何気なく眺めていた灰色の粒の中に、百三十八億年前の宇宙の産声が、たしかに紛れていたのだ。
これは乱歩の小説めいた倒錯だと、わたしはいつも思う。手がかりは、隠されていたのではない。毎晩、茶の間の真ん中で、堂々と光っていた。世界中の誰もがそれを見ていたのに、一九六四年まで、誰一人として、それが何かを「見て」はいなかった。ペンジアスとウィルソンは、この思いがけない発見によって、一九七八年のノーベル物理学賞を受けている。
手帳・砂嵐とCMB
アナログ放送時代の砂嵐は、その大半が受信機自身や地上の電波源による雑音で、CMB由来はごく一部にすぎない。それでも、宇宙初期の光が家庭のブラウン管にまで届いていたこと自体は、たしかなことだ。
ひとつだけ、解けない染み
ここまでは、探偵が解いた謎だ。だが、CMBの地図を隅々まで眺めていた研究者たちは、ひとつだけ、どうにも腑に落ちない場所を見つけてしまった。エリダヌス座の方向に、周囲より異様に大きく、そして冷たい領域がある。「コールドスポット」と呼ばれるその染みは、標準的な宇宙論が予想する揺らぎより、いくぶん広く、いくぶん暗い。
それが何を意味するのか。いくつかの説が唱えられてきたが、どれも決め手を欠いたまま、静かに宙づりになっている。
- 手前に横たわる巨大な空洞(超巨大ボイド)が、通り抜ける光をわずかに冷やして見せているのだ、という説。ただし、その空洞だけでは冷たさを説明しきれない、という指摘もある。
- そもそも珍しいだけの、単なる統計的なゆらぎ——偶然の産物にすぎない、という見方。
- 標準宇宙論の枠からはみ出した、まだ知らない物理が影を落としているのではないか、という控えめな期待。
解けない残余
コールドスポットの正体は、まだ決着していない。超巨大ボイド説をはじめとする仮説はあるものの、どれも決定的ではなく、偶然のゆらぎなのか、未知の物理の兆しなのか、いまのところ誰も断言できずにいる。宇宙のいちばん古い写真に残された、たった一点の冷たい染み。それだけが、探偵の手に負えぬまま残されている。
今夜も、放送が終われば画面は砂嵐に沈むだろう。その灰色の粒の海のどこかに、百三十八億年前の残り火が仄かに紛れている——そう思うと、消す前にもう少しだけ、眺めていたくなる。あの遠い冷たい染みが何なのかは、まだ、誰にも分かっていないのだから。