
朝、洗面台の鏡の前で
朝、顔を洗って目を上げると、洗面台の鏡にわたしがいる。寝癖のついた、まだ半分眠っているわたしだ。ありふれた光景で、疑う者はいない。
けれど、ほんとうに当たり前だろうか。鏡が像を返すのは、光が顔からガラスへ渡り、跳ね返って目に戻るまでの、ごくわずかな時間があってのことだ。ほんの数ナノ秒、十億分の数秒。あまりに短いので、わたしたちはそれを「今」と呼んでいる。
では、その往復に百三十五億年かかる鏡があったとしたら——そこに映るのは、いつの、誰の顔だろう。
過去だけを映す鏡
子どもの頃、祖母の家に古い鏡があった。銀の剥げかけた、少し歪んだ鏡だ。覗き込むと、自分の顔がわずかに遅れて動くような気がして、わたしはいつも薄気味わるかった。もちろん錯覚だったろう。ガラスは、そんなに待ってはくれない。
けれど宇宙には、ほんとうに「過去だけを映す鏡」がある。しかもそれは比喩ではない。遠くを見ることは、昔を見ることだ。この一文が、今夜の事件の入口になる。
ルックバックタイム
光の速さは有限で、真空中でおよそ秒速三十万キロメートル。どれほど速くても、遠い場所からの光は届くまでに時間がかかる。だから遠方の天体を見るとき、わたしたちは「今のその姿」ではなく「光が発たれた頃の姿」を見ている。この時間差を天文学ではルックバックタイムと呼ぶ。
探偵役は、光の遅さ
太陽をひとつ例にとる。太陽の光がわたしの頬に届くまで、およそ八分かかる。つまり空に見える太陽は、常に八分前の太陽だ。かりに今この瞬間に太陽が消えても、わたしたちはあと八分ほど、何も知らずに日なたぼっこを続けることになる。
この「遅れ」は、距離が伸びるほど大きくなる。数光年先の星なら数年前、数百万光年先の銀河なら数百万年前。そして宇宙の果てに近づくほど、遅れは億の単位にふくれあがる。遠い光ほど、古い。望遠鏡とは、レンズの奥に過去を溜めた井戸のようなものだ。庭先に据えたはじめての天体望遠鏡で月を覗くときでさえ、あなたは一秒あまり前の月を見ている。
さらに厄介なのは、宇宙そのものが膨張していることだ。遠い天体ほど速く遠ざかり、その光は引き伸ばされて波長が長くなる。可視光として発たれた光が、旅の果てに赤外線へと姿を変える。これを赤方偏移と呼び、遠さの目印になる。過去を映す鏡は、色まで変えてよこすのだ。
金でできた、探偵の鏡
その最も古い光を捕まえるために造られたのが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡——JWSTだ。二〇二一年十二月に打ち上げられ、二〇二二年から本格的な科学観測を始めた。地球から見て太陽の反対側、およそ百五十万キロ離れたラグランジュ点L2に浮かび、冷たい闇のなかで赤外線に目を凝らしている。
その主鏡は、六角形のセグメント十八枚を蜂の巣のように組み合わせた、口径およそ六・五メートルの巨大な鏡だ。表面には金がごく薄く蒸着されている。土台は軽く硬いベリリウム。金を選んだのは、赤外線をよく反射するからだと説明されている。乱歩の描いた鏡の間の主人公が、球体の鏡に自らを閉じ込めていったように、この望遠鏡もまた、金の鏡に宇宙の最初期を閉じ込めようとしている。
鏡の底に浮かぶ、最も遠い顔
JWSTが金の鏡で掬い上げた顔のなかに、JADES-GS-z13-0という銀河がある。その赤方偏移は約十三・二と測られた。数値だけでは何のことか分かりにくいが、これは宇宙が生まれてからわずか数億年ほどしか経っていない頃の姿だと考えられている。光は、およそ百三十四億年をかけてこの鏡に届いた。宇宙の年齢が約百三十八億年とされることを思えば、ほとんど夜明けの光だ。
なぜ赤外線でなければ見えないのか。それも、この鏡の仕掛けの続きだ。最初期の銀河が放った光は、もともと紫外線や可視光だったと考えられている。それが百数十億年の膨張で長く引き伸ばされ、地球に届く頃には赤外線に変わっている。可視光の目では、この古い手紙は白紙にしか見えない。金の鏡が赤外線を選んで磨かれたのは、その、掠れて読めなくなった宛名を読むためだ。写真に写るのは、たいてい小さな赤い染みひとつ。それが、宇宙で最初に灯った明かりの残り香なのだと考えられている。
さらに遠い、赤方偏移十四級の候補や確認例も報告されている。そちらの光は、約百三十五億年もの旅路を経てきたことになる。観測史上最遠級の、宇宙で最初に灯った明かりのひとつ。だが忘れてはならない。その顔の持ち主は、もうそこにいない。百数十億年のあいだに、その原始の銀河はとうに姿を変え、燃え尽き、あるいは別の銀河へ溶け込んで、今はもう存在しないかもしれない。わたしたちが見ているのは、送り主が既に立ち去ったあとの、宛先のない手紙だ。
解けたはずの、解けない事件
ここまでで、鏡の謎は一度ほどけたように見える。金の鏡が過去を映すのは、光の速さが有限で、宇宙が膨れているからだ。魔法でも呪いでもない。探偵役の科学は、日常の洗面台の鏡から宇宙の果てまでを、一本の論理でつないでみせた。
ところが、事件はそこで終わらなかった。鏡の底から現れた最初期の銀河たちが、どうも様子がおかしいのだ。
解けない残余
標準的な宇宙論(ΛCDM)が描く筋書きでは、銀河はゆっくり時間をかけて育つはずだった。ところがJWSTは、予想よりずっと早い時代に、すでに大きく成熟して見える銀河を次々と見つけている。赤方偏移が分光で確定したものもあれば、質量の見積もりが見直されつつあるものもあり、決着はまだついていない。「宇宙は、こんなに早く誰かを育てられたのか」——それはまだ分かっていない。金の鏡は今夜も、答えの書かれていない過去を、静かに映し続けている。