
あなたの文明、エネルギーにお困りではありませんか
——そんな声が、夜更けの観測ノートの余白から立ちのぼった気がした。よろしい、では星をひとつ、まるごと包んでごらんなさい。太陽の放つ光は、一条もこぼさず、残らずあなたのもの。そう囁く黒外套の男が、もしいたとして。
わたしはランプの下で古い論文をめくる手を、一枚のところで止めた。星を包む——その言葉の、妙になめらかな手ざわりが、指先に残る。取引はいつも、うまい話の顔をしてやってくる。
星を、まるごと包むという方法
考えてみれば、恒星というのは途方もない浪費家だ。太陽は毎秒、地球が受け取るよりはるかに多くの光を、ただ黒い虚空へ投げ捨てている。受け止める手のひらは、どこにもない。
ならば、と誰かが囁く。その星のまわりに、光を受ける板をびっしりと並べたらどうか。一枚、また一枚。やがて星は人工の殻にすっぽりと包まれ、こぼれ落ちる光は一条もなくなる。文明はもう、エネルギーに困らない。——うまい話だ。うますぎる話には、たいてい裏がある。
とはいえ、この構想には妙な説得力がある。恒星は宇宙で最も豊かな発電機であり、そこから漏れる光の大半は誰の役にも立たないまま闇へ散っていく。技術さえ追いつけば、その無駄を回収したいと望む知性がいてもおかしくない——理屈のうえでは。問いは、そんな知性が本当にどこかにいるのか、そして、いるとしてどうやって見つけるのか、というほうにある。
探偵は、一人の物理学者だった
この筋書きに名前を与えたのは、SF作家ではなく物理学者だった。1960年、フリーマン・ダイソンが学術誌に短い論文を寄せる。題して「人工の恒星赤外線源の探索」。世間はのちにこれを「ダイソン球」と呼ぶことになる。ダイソン自身は、この着想の種をオラフ・ステープルドンが1937年に書いた小説『スターメイカー』から得たと認めていた。空想が先にあり、物理学者はそれを観測の言葉に翻訳してみせたわけだ。
ここに、最初の意外がある。ダイソンは「そんな球を造ろう」と説いたのではない。彼が書いたのは、探し方だった。もしどこかの星をそうした構造がすっかり覆っているなら、受け取った光はいずれ熱に変わり、外側から低温の赤外線として漏れ出すはずだ、と。可視光は星の姿を隠しながら、赤外線だけが余計に光る——その「赤外超過」を望遠鏡で拾えば、遠い文明の影を捉えられる。
赤外超過とは
星の光をさえぎる構造があっても、受け止めたエネルギーは消えない。熱として、より波長の長い赤外線で再放射される。だから可視光は減り、赤外線は不自然に増える。ダイソンの提案の本体は建造計画ではなく、この署名を手がかりに文明を探す観測戦略だった。
殻は、建たない
もっとも、恒星をまるごと覆う一枚岩の殻は、物理が許さない。ダイソン自身、剛体の完全な球殻や輪は力学的に成り立たないと明言している。重力と遠心力は殻の全体でつり合わず、わずかな片寄りが致命傷になる。星に吸い寄せられ、崩れる。
だから本当に想定されるのは、殻ではなく「群」だ。無数の板や衛星が、めいめい独立した軌道を回りながら、ゆるやかに星を囲む——ダイソン群と呼ばれる形。探偵が探すべき手がかりは、こうなる。
- 可視光がいくらか減り、赤外線が不自然に増えている星
- 自然な塵の輪では説明しにくい、光の出入りの偏り
- ふつうの天体現象では腑に落ちない、光の変わり方
そして、あの星が瞬いた
2015年、はくちょう座の方角にある一つの星が、事件簿に載った。カタログ番号KIC 8462852。発見に関わった天文学者の名から、のちにボヤジアンの星、通称タビー星と呼ばれる。ケプラー衛星が2009年から2013年にかけて記録した明るさのグラフに、説明のつかない影が落ちていた。
その減光は、惑星が横切るときのような、浅くて規則正しいものではなかった。不規則で、深い。周期も、深さも、その都度ちがう。最も大きいときには、星の光の二割あまりが、ふいに翳った。惑星ひとつでは、こうも星を暗くできない。市民科学者たちがこの奇妙な曲線を見つけ出したとき、口々に交わされた言葉のなかに、あの単語が混じっていた。——巨大構造。あるいは、星を包みかけた何か。黒外套の男の囁きが、遠い星の下でこだましたように思えた瞬間だった。
光の色が、口を割った
ここははっきり分けておきたい。「人工構造かもしれない」というのは当時の憶測であって、観測の結論ではない。事件を解く鍵は、光の色にあった。
もし星を覆っているのが不透明な固い板なら、どんな色の光も等しくさえぎるはずだ。ところが多波長で調べると、減光には色の偏りがあった。青い光ほど強く翳り、赤い光はいくらか通り抜ける。固体の壁では、こうはならない。細かな塵の粒だけが、こういう色の選り好みをする。
こうして、天秤は傾いた。人工の巨大構造という説は一時おおいに沸いたものの、その後の観測が支持したのは、星のまわりを巡る不均一な塵——周星物質の説のほうだった。喪黒めいた甘い囁きは、静かに退場していく。
探偵譚なら、ここで幕が下りる。うまい話には裏があり、裏には塵があった、と。けれど、この夜の帳は、まだ少しだけ開いている。
解けない残余
塵が有力だとして——では、その塵はどこから来たのか。なぜあれほど深く、あれほど不規則に星を翳らせ、長い年月をかけた緩やかな暗化まで見せるのか。減光パターンの完全な機構は、まだ分かっていない。星をまるごと包む者はいなかった。それでも、あの星が何を握って黙っているのかは、次の夜の望遠鏡に、そっと預けておくとしよう。